3月に入り、雪は降るものの、
週末になると晴れ間が広がっていますね。
今思えば、あの悪天候での栄村での雪上マッチ、
ベストタイミングだったのではないでしょうか。
めちゃくちゃ晴れて、太陽の暖かさを感じる中での雪上マッチと、
暴風吹き荒れ、みぞれ混じりの雪さえチラつく中での雪上マッチ。
どちらも雪の表面温度は同じである場合は、
絶対に後者の方が、より"雪上マッチ"。
やっぱ、信州プロレスはツイてるわぁ。
そんな栄村での思い出。すでに何度も書いているのと同じ内容。
震災の翌週に避難所を回り、1日に数試合のゴムひもマッチを行いました。
小学校だったかと思います。
校舎裏に仮設トイレがありました。
日中と言えども3月中旬で、暖かいとは言えない日陰のトイレ横。
小学生たちが集まって数人でお話ししていました。
屋内の方が暖かいのは当然ですが、
いつもの学校に、いつもと違ってずっと居て、
いつもは居ない大勢の大人も常に居て、
仲のいい友達同士で落ち着いて集まれるのが、
日陰の仮設トイレ横。
試合を終えた自分たちはいつもの家に帰り、
いつも通りの生活に戻りましたが、
あのトイレ横は忘れられません。
もう一つ。
震災後、夜、バイクや車で被災地に来ては、
何かを物色する様な人が何人かいた模様。
当時の消防団の皆さんで、交代で夜警にあたった様です。
その消防団の皆さんだって、昼間は自分たちの家や職場の復興にあたります。
そして夜、また不測の事態に備えて夜警に入ります。
警戒にあたるであろう積載車は詰め所ではなく、
すぐに出動出来る様、避難所の体育館や公民館の玄関に停めてありました。
眠れぬ数日、眠ってはいけない数日を過ごしたかと思います。
腹立たしい思いや、なにかこう、やるせない思いをした記憶も、ここに記しておきます。